中田喜文の「エンジニア。データからはこう見える!」

Vol.12 多様性のアメリカ①「技術者でも専門で給与が変わる?」

同志社大学STEM人材研究センターの中田喜文です。
2020年は皆さんにとってどのような年でしたか。2月の後半からはコロナのため、様々な制約を受けながらも、何とか1年乗り切ったと感じている方が多いのではないでしょうか。私も、昨年2月後半からは、ほとんど大学には行かず、拙宅の仕事部屋にこもり、Line,メール、Zoom, Skypeと使えるものは何でも使って、教育と研究を続けてきました。リモートでも出来るんだ、という思いはあるものの、やはり何か未消化で不完全な感覚が残る、複雑な気持ちで、2020年を終えました。皆さんはいかがでしたでしょうか。

このコラムは、2021年の1本目となります。Vol.11 「皆さんのふるさとは何位?」で予告しましたように、今回から1年をかけて、「世界の技術者」をテーマに、毎回の話題を選ぶ予定です。海外旅行は言うに及ばず、国内旅行もままならないこの頃ですから、せめてこのコラムで世界を回りましょう。そして最初に訪問するのは、アメリカです。

さて、アメリカと言うと何を連想されますか。技術者の皆さんだと、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツを思い浮かべるのでしょうか。私は研究者としてアメリカで教育を受けたので、先ず思い浮かぶのは、「感謝」という感情です。
授業料も生活費も自分では払えない留学生を、何とか自分で稼げる研究者に育ててもらいました。学生時代、そしてその後の研究者としての立場で見るアメリカは、とても自由で多様でした。たぶんこの2つのキーワードは、1枚のコインの両面の様なものだと思います。自由は多様性を育み、多様性のある社会だから人は自由を感じるように思います。
その自由と多様性ですが、技術者の働き方にも当てはまるようです。そこで今月のクイズです。

Q. アメリカの技術者の給与は、その専門分野によってどれほど差があると思いますか。
以下5つの技術分野の中で、技術者の給与が一番高い分野を当ててください。

1. ソフトウェア開発技術者(Software Developers)
2. 機械技術者(Mechanical Engineers)
3. 石油技術者(Petroleum Engineers)
4. 電気・電子技術者(Electrical and Electronics Engineers)
5. 建築技術者(Architects)

では、恒例のヒントです💡。
アメリカの労働市場は、多くの労働者が転職するためとても競争的であることが特徴で、日本と逆の状況です。とはいえ以前のコラムでも書きましたが、日本の技術者労働市場も年々転職者が増え、より競争的になってきています。ここで用いている「競争的」の意味は、転職する人も、そのような転職者を採用する企業も増えることで、個々人の労働生産性と給与の対応関係が高まっている状況です。そのような状況では、技術者一人一人の生産性の差を反映して、給与差も拡大します。

では、上の5タイプの技術者の中では、どのタイプが技術者の労働生産性が高いのでしょうか。技術者の労働生産性は、「彼らが生み出す製品・サービスの価格×その生産量」で表すことが出来ます。

上記5タイプの技術者が生産する製品の中で、価格が高いものはどれでしょう。
1つは建物でしょう。大きな公共建築でなくとも、個人の住宅でもサラリーマンにとっては一生に一度の買えるかどうかの高額商品です。しかし、設計できる建物の戸数は限られます。
ソフトウェアも大きな基幹システムなら、数億~数十億はするでしょう。でも、そのような製品を作るには大きなプロジェクトチームが必要です。

では、一人の技術者でも、大量の製品を作れるのは、どの分野でしょう。上記5タイプの技術者では、ソフトウェア技術者でしょうか。全世界でWordやExcelを使っている人は何人いるでしょう。また、人気のゲームソフトも世界では数百万、数千万の人が毎日楽しんでいますね。石油技術者も、油田をひとつ掘り当てれば、そこから大量の原油を生産できますね。ちなみに世界最大のガワール油田では、1日に500万バレルの原油がくみ上げられています。どうやら、選択肢はかなり絞られてきたようです。

では、改めてお尋ねします。
給与格差の大きなアメリカの技術者の中で、平均的に見て最も高い給与を得ているのは、以下のどの分野の技術者でしょう。

1. ソフトウェア開発技術者(Software Developers)
2. 機械技術者(Mechanical Engineers)
3. 石油技術者(Petroleum Engineers)
4. 電気・電子技術者(Electrical and Electronics Engineers)
5. 建築技術者(Architects)

表1に、上記5分野とそれ以外の就業者数の多い5分野を加えた、10分野の平均年収を掲載しました。

表1:アメリカの専門分野別技術者平均年収(ドル):2019年5月、男女計

資料出所:US Bureau of Labor Statistics, May 2019 National Occupational Employment and Wage Estimates, United States
技術分野
英語名
平均年収(ドル)
指数
石油技術者
Petroleum Engineers
156,780
180
航空技術者
Aerospace Engineers
119,220
137
ソフトウェア開発技術者
Software Developers
111,620
128
電気・電子技術者
Electrical and Electronics Engineers
106,240
122
データサイエンティスト
Data Scientists
100,560
116
SE
Computer Systems Analysts
96,160
110
土木技術者
Civil Engineers
94,360
108
機械技術者
Mechanical Engineers
93,540
107
産業技術者
Industrial Engineers
92,660
106
建築技術者
Architects
87,060
100

そうです、トップは石油技術者です。彼らの高い労働生産性と共に、海上や人里離れた原野、寒冷地での厳しい作業環境も、彼らの高い給与水準に影響しているようです。次に高いのは、航空技術者です。確かに、彼らの作る航空機の単価は、表1にある10個の製品の中では最も高いので、彼らの労働生産性が高いことは容易に想像できます。そして、その次がソフトウェア開発技術者で上述した労働生産性と給与の正の相関関係が確かに確認できますね。また、同じ技術者であっても、石油技術者と建築技術者の間では80%もの大きな格差が存在することもわかります。

では、日本はどうなっているのでしょう。残念ながら政府が収集公開している様々な賃金・給与データには、技術者の専門分野別の情報が含まれていません。そこで、限定された対象ですが、日本の特徴を表す2つのデータをご紹介します。1つ目は、表2に示した通り6つの技術専門分野における年収が500万円をこえる技術者割合です。この割合が高いほど、年収の中位数が高まると予想できます。

表2:日本の専門分野別年収が500万円を超える技術者割合(%): 2012年、男女計

資料出所:総務省「平成22年 就業構造基本調査」を用いた統計センターによる特別集計
技術分野
割合
電気・電子技術者
66.1%
金属技術者
63.6%
化学技術者
61.9%
機械・輸送用機械技術者
60.2%
SE
52.8%
ソフトウェア開発技術者
44.1%

これを見ると日米の違いが明確です。日本では、アメリカとは逆で、ソフトウェア関連の技術職より、ハードウェア関連の技術職でこの割合の方が高くなっています。データは、2012年と少し古いですが、日本では、ソフトウェア技術者より、ハードウェア技術者の労働生産性が高いようです。

もう一つは、技術職種内での給与の分散の大きさです。表3の数値は、技術者の3つの専門分野に関する給与の4分位分散係数値です。この値は、データを値の低い方から順番に並べて四分割したときの上位75%から下位25%の幅を中位数で割った値です。つまり、中央値の周りに分布するデータがどの程度の拡がりで分散しているかを表し、値が小さいほど、データの分布の広がりが小さい(狭い範囲にデータが集まっている)ことを示します。

表3:3つの技術職種における給与の4分位分散係数の日米比較 (2019年)

資料出所:
厚生労働省『令和元年 賃金構造基本統計調査』職種別第4表 職種・性、所定内給与額階級別労働者数及び所定内給与額の分布特性値
US Bureau of Labor Statistics, May 2019 National Occupational Employment and Wage Estimates, United States

如何でしたか。冒頭で申し上げたアメリカの多様性が、技術者の給与にも存在していますね。日本の技術者の労働移動も近年高まり、技術者の労働市場も徐々に競争的になっていますので、結果として給与が労働生産性の差異をより一層反映する方向に向かうと思われます。日本の将来を予想するためにも、アメリカの技術者労働市場がどのように機能しているかを知る必要があります。次回は、その話をすることにしましょう。

同志社大学STEM人材研究センターの目的の一つが、「科学技術の領域で活躍する方々がより創造的に活躍できるための環境と施策の構築に資する」研究を行うことです。日本の科学技術発展のためにも、多くの技術者が適材適所で活躍できる環境作りに寄与できる研究を行っていきたいと思います。

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