宮川雅明の業界一刀両断

第11回カタナ・パフォーマンス 宮川雅明の業界一刀両断!

サービス化とIoT

モノのインテリジェント化

2015年3月14日、キヤノンが超小型人工衛星の製造事業に参入する、という記事が日経新聞の一面に出た。2013年の衛星の製造と運用の世界市場規模は約16兆1200億円で、5年前に比べて約4割増えている。キヤノンは強みである画像処理や小型機器設計などの技術を活用し、低価格の衛星を実現する。人工衛星の顧客の多くは先進国の行政機関だが、NECなどの小型衛星と比較して10分の1となる10億円以下という低価格を武器に、広く企業を事業対象とすることが可能となる。記事によれば2015年度中に打ち上がる見通しとある。低価格衛星が普及すれば、衛星で得たデータを農業、自然現象の把握による防災対策、あるいは資源探査などに活用できる。
 農業の工業化はこれまでも取り組みが進められているが、衛星データを活用すれば農作物の生育状態をビジュアル化して精緻にモニタリングすることができ、肥料などのコントロールも可能となる。天候などの自然現象に大きく影響を受けるリスクがあったこれまでのやり方に対して、照明の明るさ、室温の管理、肥料の量や化合の度合いなど、各機能を最適化(オプティマイゼーション)し、自律的に診断や自動運転を行うことで、必要な手間を極小化し、しかもおいしく健康な農作物を安定的に供給することが可能となる。
 この1か月前の2015年2月、キヤノンは約3300億円を投じ、監視カメラ世界首位であるスウェーデンのアクシスコミュニケーションズ社を買収すると発表した。監視用途などで使われているネットワークカメラにおいて、同社の世界シェアはトップの約21%である。ちなみにキヤノンの同分野におけるシェアは1%以下に過ぎない。アクシス社は自社カメラの仕様を公開するオープン・イノベーション戦略をとっており、その結果、全世界で7万5000社にのぼるパートナー群を持っている。2014年6月、キヤノンはネットワークカメラ向けビデオ管理ソフトの最大手であるデンマークのマイルストーンシステムズを買収している。実はこのマイルストーン社と前出のアクシス社は密接な関係にある。つまり、キヤノンは約1年でネットワークカメラのハードとソフトを相次ぎ傘下に入れたのだ。ネットワークカメラは、これまではレジで入力していたコンビニなどの流通における顧客の動線分析や、事故防止などの社会インフラとして高く期待される成長市場であることから、単にカメラ技術のシナジー効果のみを狙った多角化戦略でないことは明らかだ。
 見据えているのは、マシンやモノがセンサーや組み込みOSなどによってリアルタイムにデータを蓄積し、クラウドを利用してモニタリングやコントロールを自律的に行うことでインテリジェント化する将来である。IoT(internet of Things)とは、ただモノ同士がインターネットで繋がることではなく、PC能力を有したモノ同士が繋がることでビジネスの生態系を変革させていくものである。こうしたモノは単なるプロダクトではなく、スマート・プロダクト(smartconnected products)と呼ばれる。

脱製造化と競合関係の変化

 エアコンはセンサーが付くことで温度変化から部屋の中にいる人数を予測し、最適な湿度を保ちながら動作する。照明器具は外の光や時間帯を予測して照明の明るさを自動で調整する。テレビは人の距離や部屋の空間をセンサーで測りながらボリュームを調整する。身の回りのモノがスマート化すると、夕食後に家族でテレビを見ている時に、その場の人数、夜間の視聴に最適なテレビの明るさ、着座時に最適なエアコンの温度・湿度・風力などを割り出して設定することができる。例えばエアコンであれば、音が気にならず、同時に冷暖房が最も効果的な向きに動作音を流すといったことができる。仮に照明を明るく、音量も大きく、温度も低めに設定したとすれば、そのデータは蓄積され、その家族または個人の嗜好や体質に合った環境に最適化してくれる。
 真冬の朝食時に電気を集中して使うといったケースでは、各家電が連携することで電気の配分や電力ピークを最適化することで、すべての家電を動かしながらもヒューズが飛ぶこともなく、漏電もなく、節電もすることができ、さらに毎朝見ているテレビ番組を自動でオンしてくれる。掃除機は、吸い込んだゴミを化学的に分析した上で空気清浄器に最適な空気浄化の指示を行って、スマートフォンにアレルギーの注意喚起メールを送信するといったことが可能になる。
 これらの例のように、製品とクラウドを連携するプロトコルを有し、製品同士が各製品の持つアナリティクス(分析)機能によって一定の基準に基づいて診断や作動を行うアルゴリズムを持つことでスマート・ハウスは実現する。IoTについて考えた場合、少なくとも2つのことが言える。一つは、製品の個々の機能や品質に対する価値に対し、データベースシステム、蓄積データのアナリティクス、通信のプロトコル、組み込みOSなどソフトウェア群(テクノロジー・スタック)の価値が相対的に高くなっていくということである。そしてもう一つは、これまで競合関係ではなかった企業が競合相手になるかもしれないということだ。
 「良い製品を作る」という発想だけでは、OEMメーカーや部品メーカーというポジションに陥ってしまう可能性がある。

サービス化による差別化と参入障壁

 日本の重機・建機メーカーは衛星を使ったデータ・アナリティクスで差別化を図った。建設機械は過酷な環境で稼働し続けねばならず、悠長に何日もかけてメンテナンスしている暇はない。よって、修理部品を現場に置き、修理技術者が常駐するか即時対応する体制が求められた。しかし、部品の稼働時間などのデータを衛星通信経由で収集し機器の状況を把握することで、故障する前に事前に修理が必要な箇所を指摘することができるようになった。そして、全世界で稼働している重機の状態を一括管理し、同時に最小の部品在庫と修理工数で復旧またはメンテナンスをすることが可能になったのだ。
 現場の環境と使用状態のデータ(天候、土砂の状態、連続稼働時間など)を蓄積していくことで、類似の環境に合わせた製品設計、サービス設計が可能となり、特定の顧客セグメントに対してより最適な製品とサービスを提供することができる。【「センサー」→「データ」→「改良」】という循環はサービスの質を高めると同時にムダを省くという効率化にも貢献する。
 こういった形でサービス化することで、より高度な差別化が可能となる。それは価格に反映することもできるため、利益率の向上にも繋がる。
 同時に顧客データの蓄積は参入障壁の構築にも貢献する。データ蓄積とアナリティクスによって顧客の特性に合った診断や動作を行うことで、他社が提案できない、より具体的な提案が可能となる。
 その結果、仮に多少の不満を顧客が感じていたとしても、学習効果と同じく他と比べて気楽であり安心する、「使い慣れたもの」「見慣れたもの」「蓄積されたもの」として認知されるようになる。他の製品やサービスに変更した際に想定される機器操作の煩雑さ、データの一部消滅などの可能性などを考えると「今のままでよい」という結論になる。つまり、サービス化によってスイッチングコストを高くすることができる。価格面では、価格弾力性が低くなる(価格を上げても需要がさほど変化しない)ことを意味している。
 よって、企業はできるだけ早くサービス化による差別化を実現するために製品のスマート化を進めるとともに、他のスマート製品や外部データとのゲートウェイ機能を高め、いち早く顧客へサービスを提供しようとする。
これはネットワーク業界の戦略論において「ファーストムーバ―」に分類されるポジションを占めることによる優位性の確立を志向したものである。先に市場に出た方が優位となり、「勝者総取り」になる可能性がある。

要求される高い信頼性と効率化

 スマート製品は差別化による競争優位の確立と高い参入障壁をもたらす一方で、セキュリティなど高い信頼性が要求される。
 各製品がスマート化することによって、製品群を繋ぐプロトコルの精度や蓄積されたデータをモニタリングしコントロールしていく高度なアルゴリズムが要求される。繋がることにより利便性が高まる一方で、接続に不具合が出れば繋がっているすべてのサービスや機能に広範囲に影響を与えることになりかねない。また、情報漏洩や外部侵入などに備えてより高いセキュリティも求められる。例えば、在宅介護が増えていく中で医療家電も増えていくことが予想されるが、血糖値、脈拍などのセンサー、映像による遠隔診療、緊急時のシグナル発信など生命にかかわるサービスの場合、誤操作を防ぐ仕組みを含め、高いセキュリティ機能が求められる。
 また、製造工程のFA(ファクトリーオートメーション)化が進む生産現場では、わずかな電圧の変化、ノイズ、経年劣化、識別ミスなどが不良と損失に直結し、外部からの侵入や攻撃はノウハウ流出や模倣リスクをもたらすことになる。
 2015年2月、三菱電機はIC チップの製造時のバラつきに起因する個体差を利用して、チップ固有のID を生成できるセキュリティー技術を開発した。ICチップの「指紋」をIoT のセキュリティ基盤に使うのが目的である。これはセキュリティー分野で一般に「PパフUF(Physical UnclonableFunction)」と呼ばれるもので、製造のバラつきなどによって、個体ごとにわずかに異なる物理量を基に固有のID を生成する技術だ。
 また、三菱電機は2014年9月に米インテルとFAシステムで協業することを発表している(ちなみに、三菱電機の中核事業の一つはFA である)。IoT 分野で影響力を高めたい両者の思惑が一致してのことだ。
この協業は工場の予防安全システムとしてすでに試行されており、インテルは2013年、マレーシアのIC組み立て工場にこのシステムを導入している。これによって不良品の仕分けミスが低減したことで、製造装置の収益性・生産性が向上した。また、障害予測に基づく事前の保守管理により部品故障が低減した。この結果、インテルは900万米ドルのコストを削減できたとしている。15
 一方で高いリスク・ファクターがあることも承知しておかなければならない。自動車業界におけるリコール問題は毎年のように起こっている。リコールによって赤字になる企業も少なくない。それだけ市場がグローバル化され、同時に部品の共通化が進んでいることを意味する。スマート製品も同様のことが言える。多くのテクノロジー・スタックを備えなければならないスマート製品は、高額な開発コストを要する。他方、優位を得るためにはファーストムーバ―であることが必要だ。すなわち、迅速に量を確保し、シェアを早期に獲得することが求められる。結果として、開発ステージにも大きなプレッシャーがかかることになる。まして、多様な製品同士を繋ぎ最適化するとなれば、多くのテスト工数が必要となるが、これはバグを誘発する構造であると言える。IoTは競争のルールを変える可能性を持つ反面、高いリスクと責任が発生するのである。IoTに対応する内部マネジメント
 以上までは、IoTがもたらす外部環境を中心に述べてきた。センサー機能を有してリアルタイムでデータを蓄積し、クラウドを利用してモニタリングやコントロールを自律的に行うスマート・プロダクトは、モノそのものの価値を変革させる(モノのインテリジェント化)。それらスマート・プロダクトを繋げ機能させていくには、信頼性の高いテクノロジー・スタックを備えなければならない(スマート製品群の最適化)。その結果、データ・アナリティクスなどによってこれまでにない診断や保全などのサービスが実現可能となり、顧客特性に応じた固有のサービスを提供することができるようになる(サービス化の進展)。それを実現するには、業界の枠を超え、バリューチェーン全体を見直す必要がある。特に機械製造系はいまだソフトウェアに関する高度なノウハウを有していないことも多く、また、最終顧客とのリレーション・マネジメント機能や業務システム系に強みを持っていない場合であれば、異業種との協業・提携或いはM&Aが重要になってくる(創造的業界破壊)。
 企業はこうした変化に対して、戦略の再構築が求められることになる。再構築といっても戦略の本質は変わらない。自社のポジショニング(市場及び顧客ドメイン)を定め、オペレーショナル・エクセレンス(徹底した効率的システム)を追求し、真似のできないサービスをいち早く定義づけることである。
 ここで組織が直面する最も具体的な課題は何かといえば、それは開発の適合性である。複数のハードとそれを起動するソフトに加え、複数を繋げるためのプロトコルと自律的に起動させるアルゴリズムを作らなければならない。そこに求められるのは、人的ネットワークによるインテグラル機能と人的集中の側面である。
 テクノプロは多様な業界にまたがり多様な専門家を有する技術集団である。そこに大きなビジネスチャンスがあるのではないかと考える。

miyagawa

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