進化する戦略タイプ
なぜ、シャープは経営危機に陥ったのか、パナソニックはなぜパネル事業から完全撤退したのか。こうした議論において、最近は戦略タイプによる見方が流行っているようだ。
戦略論の歴史を簡単に紐解くと、まず第1世代というべき「ポーター理論」が存在する。米ハーバード大学のマイケル・ポーターによる競争戦略論だ。産業内の他の企業や新規参入企業との競争を考慮する産業組織論(IO:IndustrialOrganization)から生まれている。
では第2世代は何かといえば、ジェイ・B・バーニーによる「RBV(Resource BasedView)理論」である。
両者の違いをシンプルに言えば、外部と内部、どちらの環境について論じているかという点である。ポーターは外部環境に触れており、例えば魅力ある市場に企業が進出すれば利益を得ることができるとしている。バーニーは、たとえ競争激化の市場(レッドオーシャン)であっても生き残り利益を出す企業もあることに言及し、よって内部経営資源が重要だとした。
あえて第3世代を挙げるとすると、「リアルオプション」が該当するだろう。リアルオプションは経営手法の一つであり、金融のオプション取引を実物(リアル)経済でも活用する手法として生まれた。リアルオプションは不確実性が高いビジネスで意思決定する際に有効な方法である。
第1世代では産業内における競争相手を少なくすることが重要となる。その意味で「参入障壁論」と言われることもある。規模の経済の追求が代表的な戦略であり、産業内の構造が収益を左右する競争環境である。今年の5月、ブリヂストンはフランスで自動車整備やタイヤ販売を手掛けるスピーディ・フランスの買収を発表した。この買収により、ブリヂストンのフランスでのタイヤ小売店網は約300店から800店を超すまでに拡大する。これには規模の経済を追求し競合の参入を防ぐ狙いがある。
第2世代では、機能の改善や新たな機能の追加などによって市場優位を得ることが戦略となる。家電や自動車(注)に代表されるように、参入障壁は比較的低く、差別化された製品及びサービスを開発し続けることが求められる競争環境である。
(注) 自動車はEV や自動運転技術によって異業種からの参入が激しくなっている。
第3世代は経営環境の変化が激しく、産業構造や経営環境の不確実性が高い市場をいう。よって従来のリニアな戦略が通用しにくく、試行錯誤を繰り返しながら、環境変化に柔軟に対応することが求められる。
バーニーは第1世代から順に、それぞれを「IO型」「チェンバレン型」「シュンペーター型」と呼んだ。一般に日本企業はチェンバレン型に強く、シュンペーター型に弱いと言われている。1986年の論文で紹介された理論が今、あらためて注目されている点は興味深い。
逆に、あまり一般に紹介されていないのが「業界タイプ別戦略アプローチ」だろう。
具体的に「業界タイプ」というと、
といったものが挙げられる。例えば「Emerging industry:新興業界」であれば戦略軸は「First-mover advantage」である。リスクを冒してでも先に市場に参入することで優位を得るという考え方だ。
この6月には、楽天がスペインや英国におけるeコマースからの撤退を表明した。スペイン市場では2011年に米アマゾンが先行して進出しており、人口4600万人のうちすでに約32%が同社の顧客になっていた。2番手として一定のシェアを取れるだろうという目論見であったのかもしれないが、後発であることから多大な広告宣伝費用をかけなければならなかった。しかも、ネット通販は薄利多売のビジネスである。新興業界の一部は「Networked industry:ネットワーク化業界」でもある。この業界の戦略軸は「Winner-takes-a(ll勝者総取り)」である。ネット通販などにおいては、安心で便利なサイトであれば利用者みずから利用するようになり、それを目にした他の消費者も利用するようになる。自己増殖するモデルであるから、結果、勝者総取りになる。
次の「Mature industry:成熟業界」の戦略軸は、「Product refinement」つまり品質、「Process innovation」つまりコストである。日本では、家電、自動車、コンビニ、外食など、多くが成熟業界である。市場が成熟しているということは、消費者の購買行動がきわめて選択的になっている、つまりそれだけ目が肥えているということである。よって、低品質のものは即座に排除される。競合品と比較することに慣れているので価格有意差も見極められる。
デフレ時代の勝ち組と言われた日本マクドナルドは、2014年の期限切れ鶏肉事件などの発生を契機にその後2年連続で赤字に転落、業績悪化から131店舗が閉店に追い込まれた。米国本社は日本マクドナルドの株式売却を検討していることを公表した(ただし売却はいまだ進んでいない)。
他方、外食業界で面白い動きをしているのがオリジン弁当である。持ち帰りの弁当・総菜店であるオリジン弁当が、店内でつくり立てのラーメンが食べられ、セルフコーヒーは80円、生ビールまで飲める「キッチンオリジン」と称する業態を展開しているのだ。つまり「イートインのお弁当屋さん」であり、中食と外食とのハイブリッド業態だ。しかも全店ではないが多くの店舗が24時間営業である。オリジン弁当の柱はおにぎり、弁当、量り売り総菜だが、減少傾向にあった女性客を獲得するため、清潔感ある店舗に改装、惣菜量り売りを充
実させ、さらに少しずつさまざまな惣菜を取り分けられる仕切りの多い容器を置くといった工夫をこらし、激戦市場の中、業績を上げている。
業界タイプ別戦略アプローチを競争環境3区分でとらえるなら、「Emergingindustry」はシュンペーター型、「Matureindustry」はチェンバレン型といえる。
次の事例はどうだろう。今年3月、ヤマハ発動機は農林水産省のドローン操作の認定制度をきっかけに、2018年に農薬散布ドローンに参入すると発表。しかし、2015年の農業就業人口は209万人であり、5年前と比較すると2割減っている。「Declining industry:衰退業界」である(市場を海外に求めるなら「成長産業」として捉え直すことは可能ではあるが)。さらに、TPPが発効されれば安い海外産品の流入は容易に予想される。農産物市場は「Hyper-competitive industry:超競争業界」になりはしないか。超競争業界の戦略軸は、「Flexibility(極めて柔軟に対応する)」「Preempti ve destructi on(先制的破壊)」である。極めて柔軟に対応するという例としては、リアルオプションのような確率手法を活用しリスクに積極的に立ち向かう経営などが該当する。
ドローンは総重量25㎏程度で、ヤマハ発動機が扱っている100㎏で1千万円ほどする無人ヘリコプターより軽量で小回りも利き、安価で効率的である。市街地や小規模な農地向けには適しているだろう。「Declining industry」における戦略軸は4つある。「Leadership」「Niche」「Harvest(売り切り)」「Di vest ment(撤退)」である。「Leadership=リーダーシップ」とは衰退市場において1社生き残りを賭け圧倒的シェアを持つことである。「Niche=ニッチ」は限定的、つまり市場規模は小さいが、高い付加価値で圧倒的シェアを取る戦略である。この業界タイプはIO型といえるだろう。ドローンは新技術だからシュンペーター型のように思えるが、ビジネスモデルはさほど変わっていない。農業の工業化に加え5次、6次産業へ変化させているわけではない。小規模農地の農産物が、激化する農産物市場において、リーダーまたはニッチリーダーを獲得できる対策としてドローンが有効であるかどうかが試される。ただ、別の視点で一つ言えることが、農業就業者の高齢化が進む中、ドローンは生産者の労働負荷を軽減してくれるはずだ。
同じ農産物でも次の事例はどうだろうか。スマートアグリである。ICTを活用して生産管理や品質・生産効率などの向上を実現するものだ。
植物工場とも言われるスマートアグリは、工場施設内の温度、湿度、光、炭酸ガスや養液などの環境条件を自動制御することで最適環境を保ち、作物の播種(種まき)から収穫そして出荷調整まで一貫して行う生産システムのことである。農業の最大のリスク要因は天候であるが、施設内生産により計画的・安定的に供給することができる。また、害虫被害を受けずにすむだけでなく、養液を工夫することで腎臓病患者でも食べられる低カリウムレタスなどの機能性野菜を作り出すことができる。
この分野を手がける企業の中でも、トヨタ自動車、富士通、シャープ、日本GEなど大手企業が積極的に取り組んでいる。安川電機はロボット技術を活用し、種まきから収穫、包装、出荷まで自動化を計画している。
さらに別の事例にも触れよう。玩具やゲームなどを手がけるバンダイナムコグループが展開する「機動戦士ガンダム」シリーズは今年で40周年を迎える。ガンダム以外でも、「仮面ライダー」や「スーパー戦隊といったシリーズも40年以上続いている。
ちなみに2015年度のガンダム関連売上高は786億円である。仮面ライダー関連グッズの売上は2005年には65億にすぎなかったが、2010年以降は200億円を超えている。一方で2014年度の関連売上高が552億円であった「妖怪ウォッチ」の場合、翌2015年度には329億円に激減している。
このことは、既存キャラクター同士のカニバリゼーション(共食い)が同時に起きてしまうといった、浮き沈みが激しい特性をエンターテイメント業界が持つことを示している。
バンダイナムコのキャラクター、つまりIP(Intellectual Property:知的財産)戦略の特徴は「変身」「IPの個性を活かすこと」である。もちろん、子供相手といって単純なシナリオにせず、人間の内面性など深堀りすることにも気を砕いており、どんなキャラクターも予期せぬ変身をする。またそれぞれのキャラクターに個性がありストーリーがある。しかし、どんなキャラクターも浮き沈みがあり、一度ブームになってもそのうち沈静化してしまうこともある。そこでバンダイナムコは「パックマン」などの自社キャラクターを、自社外のゲームやアプリなどのコンテンツでも無料で使えるよう解放した。これによって多くのユーザーからキャラクターの新たな物語を創り出した。新たなIPを産み出すことは容易ではない。既存のIPを、ユーザーの手によって再生できればその価値は大きい。
この2つの事例を戦略タイプだけで議論するのはなかなか難しく、また面白みに欠けてしまう。スマートアグリの事例は複数の他業種が参加することで農産物事業のあり方を根本から変えようとしている。極端にいうと、レタス10個を1週間後一番新鮮な状態で宅配して欲しいとスマホでオーダーができるようになる。IPの事例は、ユーザーイノベーションであり、ユーザー自身に開発させる戦略である。いずれもオープンイノベーションによって可能となるものだ。RVBのように社内の内部経営資源だけで行えるものではない。
先に1986年の理論が注目されていることは興味深いと述べたが、これには別の背景があるのではないかと思う。それはビジネスモデルという議論だ。オープンイノベーションのような戦略または戦略アプローチは業界区分を超える。これはこれまでの戦略理論では適応しきれないことを意味している。新規事業開発や事業創造を考える上で、これまでの業界区分や
RBV(強みとなる内部経営資源があるか)や財務計画といったものだけでは対応しきれない。マーケティングにおける「経験経済」に代表されるように、顧客(市場)と一緒に試行錯誤をしながら、コンセプトやシナリオを創造し、それに必要なパートナーを組織化していくプロセスの繰り返しが求められる時代だということだ。
もう一つの別の大きな流れとしてあるのが、「CSV(Creating Shared Value)」、つまり共有価値創造である。2011年にM・ポーターが提唱した概念である。経済価値だけでなく社会価値の向上とのバランスを求めるもので、製品・サービス、バリューチェーン、地域コミュニティの3点を再定義するものである。同調する流れとして2010年ISO26000が発行されている。ISOではCSR(企業の社会的責任)とは言っておらず、単に「SR(社会的責任)」と呼称している。つまり、企業に限らずあらゆる組織が社会的責任を負うということである。それはなぜかと言えば、経営の目的は継続することであり、Sustainable(持続可能)でなければならないからだ。
今後、戦略を考える上で、これまでの構造的な戦略的発想を超え、社会性を追求しながらビジネスモデルを創造していく発想力と実験能力が求められる時代になった。