宮川雅明の業界一刀両断

第12回カタナ・パフォーマンス 宮川雅明の業界一刀両断!

コーポレートガバナンスと戦略を考える

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2015年4月28日、トヨタ自動車は最大1億5000万株の「AA型種類株式」を発行すると発表した。6月に一回目の発行が行われたこの株式は以下のような特徴を持っている。
① 5 年間は売却できない
② 発行価格での買い戻しをトヨタに請求できる=元本保証
③ 普通株への転換も可能
④ 普通株と同等の議決権を付与されている
(転換社債には議決権はない)
 調達総額は約1.5兆円で、その使途は次世代技術、人工知能(AI)など中長期的な研究開発用の資金だという。ちなみに「AA型」という名前は、昭和11年(1936年)製造のトヨタ初の乗用車から取っている。次世代へのイノベーションを目指す経営の意志が伺えるネーミングだ。
 そんなAA型種類株だが、今後トヨタが成長することにより普通株の方が優位になる可能性もあり、また社債や優先株と比較して調達コストが安いかどうかについても疑問符が付く。何よりも中長期保有を前提としたこの株式によって安定株主が増えることによる経営のガバナンスが低下する、つまり市場の声が反映されにくくなるといった批判の声も強い。日本では株式の持ち合いなどが永く続いてきたこともあり、あまりピンとこないかもしれないが、米国の企業経営はコーポレート・ガバナンスの歴史そのものだと言っても過言ではない。いわゆる「もの言う株主」が市場の規律と健全性を維持してきたのである。
 現に、約43兆円の巨大な運用資産を持つという米国の2大年金基金の一つであるカリフォルニア州教職員退職年金基金(カルスターズ)は、トヨタのこの種類株の発行に対して反対を表明している。

車の進化はハイブリッドや水素といった環境システムにとどまらず、社会システムとして発展している。自動ブレーキ、追尾機能、渋滞状況に応じたルート選択、居眠り防止機能、レストラン案内、障害物センサー、自動駐車機能、レーン・トレース等々である。
 2050年には、先進国では1人当たり年間150ドル、新興国では75ドルに相当する半導体を消費するようになると予測されている。その頃までに先進国の人口は10億人から30億人に、そして新興国人口は20億人から40億人に増えると推測されていることから、【30億人×150ドル+40億人×75ドル=7500億ドル】の半導体市場が形成されることになる。これは2010年の2.5倍に相当する規模だ。では、この半導体は何に使われるのか。誰でも思い浮かべるものはスマートフォンであろう。スマートフォンは今後も世界に浸透を続けるものと思われる。まだ何とも言えないが、今後同種の新デバイスが生まれる可能性もある。また、IoT市場の成長も大いに期待できる。各家電製品、製造機器などにネットワーク機能が装備されるだろう。だが、やはり注目すべきは自動車だ。車には約100個ほどの半導体が使用されているというが、単一製品でこれほど多くの半導体を使う消費財はない。事実、自動車向け半導体市場の2013から2018年にかけての年平均成長率は10.8%であり、通信向けの6.8%、産業・医療向けの5.7%と比較しても大きな伸びを示している。
 世界の車市場が1億台規模に達することは確実視されており、つまり単純計算でも100億個の高性能プロセッサが必要になるのだ。プロセッサの価格を1個100ドルと仮定すると1兆ドルになる。
 自動車の半導体については、もう一つの側面を指摘しておきたい。自動車に要求される「温度-40℃~+200℃、湿度95%、重力加速度50G」という過酷な環境に耐え、20年以上機能し続ける信頼性の高い半導体を作れる一番の国は恐らくは日本であろう。現在、車載半導体シェアの第1位はルネサス エレクトロニクス株式会社である。日本の半導体産業は「安価でそれなりの機能」の製品を作ることができずに世界市場で首位の座を他国に奪われる「イノベーションのジレンマ※注」を経験したが、車載半導体が日本の半導体産業を復活させることになるかもしれない。

とはいえ国内自動車市場はすでに成熟しているため、そのためには世界市場での成長が前提となる。つまりグローバルでの規格への対応が戦略の核になる。どんなに優れた製品でもその地域の規格にマッチしていなければ販売することができない。規格の統一は政府などの機関で決定されるものであり、企業は提案することはできても直接決めることはできない。ただし市場で高いシェアを獲得できれば、シェアリーダーの規格に準じることが消費者のメリットとなり、統一規格となる可能性が高まる。では、そのシェアリーダーになるための最大の戦略は何か。その答えは「最初に市場へ参入すること」にほかならない。 
 トヨタ自動車は社会システムとしての次世代自動車を開発するため、5年間1.5兆円のAA株を発行するのである。市場規模、成長性、波及効果を勘案するならばさらに安定株主を増やしても良いかもしれない。年間の投資収益率が約18%であるカルスターズは反対するだろうが。
 株式市場の話題をもうひとつ挙げると、コーポレートガバナンス・コード策定に伴う東証の新上場規則が6月1日から施行された。コードの基本原則は下記の5つだ。
■基本原則1
「株主の権利・平等性の確保」
■基本原則2
「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」
■基本原則3
「適切な情報開示と透明性の確保」
■基本原則4
「取締役会等の責務」
■基本原則5
「株主との対話」
 コーポレートガバナンス・コードの起源は英国にある。短期的利益を過度に追求した金融機関の破たんによって大きな納税者負担が発生してしまったことが事の発端だ。そこで、それまでの統合規範(theCombined Code)を、「スチュワードシップ・コード(投資する側= 投資家)」と、「コーポレートガバナンス・コード(投資される側= 企業)」の2つに分けた。現在、コーポレートガバナンス・コードを策定している国は70カ国以上にのぼる。
 今回のコーポレートガバナンス・コードに対しては、二つの大きな意義を見出すことができる。一つは、コーポレートガバナンスは企業価値向上、成長戦略のためのものであるということだ。従来は「株主のため」「不祥事防止のため」という、偏重した、そして形にこだわった議論が多かったため、横並びの改革が行われていたように思う。もう一つは、具体的な処理方法を細かく規定する「細則主義」(ルール・ベース)ではなく、「原則主義」(プリンシプル・ベース)を採用したことだ。
 米国では2002年の「上場企業会計改革および投資家保護法」(SOX法)そして2010年の「ドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法」(ドット・フランク法:金融規制改革法)などを通じた細則主義になっている。多くの訴訟などに対応するため、そのようになったのだろう。

コーポレートガバナンスのあり方は、その会社の業界、歴史、事業ポジション、取引先との関係など事業特性や、従業員の人数や構成、地域などといった組織特性によって異なってくるため、コードが原則主義となっているのは自然な帰結だと言えよう。仮に正しい、あるいは望ましい形があるとするならば、その内容を会社法などで設定し遵守させれば良いからだ。
 多少乱暴な言い方かもしれないが、コーポレートガバナンスは文化的なものである。例えばスウェーデンの場合、1970年に労使間での「共同決定法」が施行された。これにより従業員の権利が個人にではなく組合に与えられることになり、失業給付は組合から支給され、組合の組織率は80%を超えている。ストックオプションに対しては期間を設定するなど、5年という期間が設定されているトヨタのAA型種類株と同様の考え方が見られる。
 ドイツの場合も労使共同決定システムが義務付けられており、経営レベルでは組合とは別に従業員と株主代表から構成されるスーパーバイザリーボード、職場レベルでは従業員と会社側から構成されるワークスカウンセル(WC)の設置が義務付けられている。マネジメントボード(取締役会)の決定もスーパーバイザリーボードの承認なしに行うことはできない。個々の従業員の格付けや教育訓練、企業年金などがWC 組織法に則り共同決定される。
 英国には「IoD」(Institute of Directors:英国経営者協会)という団体があり、取締役として相応しいかどうかを判断するために金融・組織・戦略・人事などに関する試験で認証する制度(Diploma in CompanyDirection)がある。いかに法律を細かく施行したところで最終的には個人の資質に依存する、という考え方によるものだ。

最後に、コーポレートガバナンスの本質について勝手ながら私見を述べてみたい。
 株主重視とは換言すれば経済性のガバナンスであり、ROE経営のことである。他方、環境やモラルは社会性のガバナンスであり、アカウンタビリティ(Accountability)と言われるものがこれに当たる。
 筆者は、この両者のバランスを取っていくことがコーポレートガバナンスであると考えている。そしてその方法は画一的なものではなく多様なものだからこそ、コーポレートガバナンス・コードも「コンプライ・オア・エクスプレイン」(原則を実施するか、実施しない場合にはその理由を説明する)という手法を採用している。しかし、一つ確実に言えることは、コーポレートガバナンスがない組織はビジネスという世界に参画してはならないということだ。
 過去にトヨタの社長が「従業員の雇用を優先する」という趣旨の発言をしたことがあった。翌日同社の株価は下落したが、そんなことは承知した上での発言であったように思える。また、さまざまな企業が集まるコーポレートガバナンスの会合でトヨタのある役員が次のような発言したことを覚えている。
 「コーポレートガバナンスは繁栄することが目的。企業経営はどこでも同じ。落第生がやっていることはどこでも同じ。日本的コーポレートガバナンスとか米国的コーポレートガバナンスはない。綺麗にシステムを作っても機能しないければ駄目だ。トヨタの場合、戦略と執行を分けることは難しいが、人材や企業文化など、何を扱っているかを踏まえ有効に機能するようデザインする。コーポレートガバナンスは終章のないシンフォニーである。」
 2000年、経済のグローバル化が進む中でグループ経営による連結決算が求められ、株主重視のEVA(経済付加価値)が注目された。筆者自身は経済性のガバナンス偏重をやや批判的に見ていたため、「将来、企業側が株主を選別する時代が来るかもしれない」と発言したが、その際に周囲から大いに非難されたことを覚えている。しかし今回のトヨタのAA 型優先株は、「賛同する株主に買ってもらいたい」という企業からのメッセージのように受け止めることができるのではないだろうか。トヨタ車に乗ったこともない、社長の名前も知らない、そんな人たちに株主になってもらいたいだろうか。 
 最近、日経新聞でもROE上位企業という記事が一面で紹介されることがある。企業のグローバルにおける売上比率が高まる中、そうした動きは当然なのだろう。しかし、「レッセ・フェール」(自由放任主義)が金融危機をもたらしたことを決して忘れてはいけない。
 筆者は元キヤノン社長の故・山路敬三氏にコーポレートガバナンスの本質について尋ねたことがあるが、その答えは「システィマティックでオープンであること」だった。
 あるルールによってマネジメントをしている。そのマネジメントがシスティマティックに機能している。その結果を皆が知っている。どんな方式をとっても構わない。どのような考え方に基づき、そのように運営しているか説明できることが重要、という意味である。 
その会社の置かれている外部環境と内部環境を踏まえ、どのような戦略と執行を行うのか、独創性と賛同(求心力)が求められる。

miyagawa

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