宮川雅明の業界一刀両断

第10回カタナ・パフォーマンス 宮川雅明の業界一刀両断!

ダイナミック・ケイパビリティ

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社会価値の中心に向かっていく企業

「民でできることは民で」―これは小泉政権の掲げた政策の大きな柱の一つであった。極端な見方かもしれないが、そこには国家あるいは国力の低下により企業の社会的価値(雇用、税収、国際競争力、環境、教育など)が極めて重要になってきたという背景があるのではないか。国ができることに限界が来ているという言い方でもよい。
お隣の韓国は財閥企業がGDPに占める割合が76%に達するといわれている。そして日本に限らず米国、ドイツ、中国においても巨大企業の多くは通信、エネルギーなどインフラ系ビジネスである。(世界の企業番付として有名な米フォーチュン誌の2014年グローバル500社ランキングトップ10社のうち6社はインフラ系だ。ちなみにトヨタ自動車は9位、日本郵政株式会社は23位である。)
今年9月に、オバマ米大統領は同国政府の最高技術責任者(CTO)に、米グーグル出身のミーガン・スミス氏を指名した。
以前からも政治、経済、社会における巨大企業や多国籍企業の影響力は大きかったが、現在はそのプレゼンス(軍事的意味合いは除く)そのものが中心的役割へ変化しつつある。近年の経営戦略の系譜でいえば、2011年にマイケル・ポーター教授がCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)の概念を発表し、現在では、ダイナミック・ケイパビリティ(超変化柔軟な自己変革/ 進化能力というニュアンス)論が研究の中心にあるといわれている。ダイナミック・ケイパビリティとは、筆者の理解では環境の変化を予測あるいは対応するために、自社の経営資源と他社(複数社)の経営資源を再構築し、持続的競争優位(SCA)またはイノベーションを創り上げる能力のことである。これは会社の規模、エリア、業界を問わず日常的なイノベーション活動になっていくであろう。また、そうでなければ成長を前提として生き残ることは難しいだろう。

競争戦略からイノベーションへ

商売というより商道という思想を持つ日本人にとって、CSVやCSR(企業の社会的責任)という考え方は自然であり馴染みやすいのであるが、イノベーションという視点でみると、垂直統合型でありクローズドな側面が課題の一つであるように思える。つまりダイナミックなビジネスモデルに欠けるのではないか。グローバル企業の戦略は、①規模の経済(垂直統合、水平統合)× ②多角化 ×③金融の3 つで凝縮される。垂直統合とは、研究、製造、販売、金融サービスといったプロセスのバリューチェーンを前後に拡大することである。水平統合は、台湾に本社を持つ世界最大のEMS(ElectronicsManufacturing Service)である鴻ホンハイ海精密工業に見られるように特定機能を世界的に集約していく戦略を指す。いずれも国際分業という観点から戦略構築される。
多角化は範囲の経済ともいわれ、シナジーのある事業へ展開することである。例えば、流通が金融サービス( 銀行、保険など)へ展開する。セコムやベネッセあるいは不動産業界、人材派遣業界が福祉・介護事業へ進出するなど業界を超えて多様になってきている。当初はブルーオーシャン(競争のない市場)であってもすぐにレッドオーシャン(血で血を洗う市場)になってしまうほど参入の脅威は早くなっている。
金融は手段であり、目的はM&A によって事業の拡大とスピードを得るもの、新技術の早期獲得を目的とするもの、財務戦略の一環としての資本参加、あるいは複数の目的の融合として活用する。
これらの戦略に共通するものは、多分に競争戦略である。参入容易な新市場戦略を超えたビジネスモデルの変革つまりイノベーションが求められる。
イノベーションにまつわる話として、ソニー創業者として盛田昭夫氏とともにその名が知られている井深大氏は、「インベンション(発明)」と「イノベーション(革新)」の違いに関して以下のように述べている。
「インベンションはエジソンが電灯を考えついたように原理そのものから新しいモノをつくることで、イノベーションはその商品性や製造法にさらに磨きをかけることである。エジソンの時代と違い次から次へと新発明が生まれる時代ではないのでイノベーションが重要である。
このイノベーションには夢が必要である。学生時代読んだ雑誌『無線と実験』に腕時計のようなラジオの話があった。これがポケットの中に入る小型ラジオのアイデアに繋がった。実際につくるには多くの難題があったが、この商品は次の成長をもたらした。当時ラジオは家で聞くのが当たり前でそれで十分であった。必要性だけに目を奪われていたらポケットラジオは生まれなかった。」 (「有訓無訓」日本経済新聞社1998年より要約)
ポケットラジオは生活様式を変えた。同じくスマートフォンもライフスタイルを変えた。イノベーションとは新たな技術のみをいうのではなく、スタイル(文化ともいってよい)を変えるものであり、それには夢が必要であるということだ。

社会価値を高めるオープン・イノベーションへ

競争、時には(創造的)破壊は進化をもたらす上で必要なことである。重要なのは、競争の方向性としてのイノベーションである。
では、オープン・イノベーションとは何かといえば、企業内部の経営資源と外部のナレッジを組み合わせて、新たな価値を創り出すことであり、ヘンリー・チェスブロー博士によって提唱された概念だ。主に研究開発において外部のアイデアを活用し、自社の課題を解決することを主眼としているが、ここでは、広く外部ナレッジ(アイデアを含む)を招き入れ、新たな価値を創出するビジネスモデルとしてとらえる。ナレッジを招き入れるプラットフォームを作り、システム(有機的な活動)によって新たな価値を生み出す活動である。
新製品売上高比率を経営の重要指標とするP&Gでは、「コネクト&ディベロップ」という考え方がある。これは自社の経営資源と外部経営資源をコネクトして、新たなアイデアを開発していこうという考え方である。
新製品開発の50%以上の案件は外部と協力して開発することが明文化されている。
顧客や外部を活用したマーケティングは、ワークショップ型マーケティングとして昔から一部の企業で活用されてきたが、現在は多様性をより重視し、ユーザーイノベーション・スタイルの開発を模索している段階といえる。ユーザー・イノベーションとは端的にいえば、ユーザーがアイデアを出す、ユーザーのアイデアを自律的に集めるモデルである。知のプラットフォーム型ビジネスモデルといえる。
ここで2つのことを指摘したい。マーケットリーダーの最大の強みは何かといえば、情報収集能力である。多くの顧客からのクレーム情報は改善の宝庫である。また、世界中から多くの案件の問い合わせがくることで市場をリードすることができる。つまり、情報優位が戦略優位をもたらす。もう一つは「Winner Takes Al(l 勝者総取り)」の原則である。例えば、米国のネットマーケットにおいて最大手のネットオークションサイトであるeBay は圧倒的なシェアを誇っている。最初はネットオークションに対して誰もが不安を感じるが、多くの人が利用し、大丈夫だと分かると次々に利用者が増えていく。自己増殖していくモデルである。そうなると1番か2番でないと存在できない。
オープン・イノベーション型の経営とは、広くアイデアを募る場を作り、時には新たなテーマを提起して、自律的にアイデアを収集し解決策を構築していく自己増殖型モデルである。つまりどのような類のテーマを扱うかが業界のドメインを決定することになる。また、アイデアが収集され再構築される段階で社会的でないものは淘汰されることになる。

オープン・イノベーションで考える地方創生

日本各地の財政力指数を見ると中国地方、四国の数値が特に低く、自律的な回復は難しいように思える。公共事業に大きく依存し、国からの予算がないと財政や雇用が成り立たない。だが、必要なのはお金ではなく、ビジョンとアイデアと気概である。

【アイデア①】ネット選挙
去る12月14日には衆議院選挙が行われた。費用は600億、あるいは700億とも言われている。被災地では仮設の選挙用建屋を用意している。多くの人が支援して選挙は行われている。
エストニア共和国という国を知っているだろうか。130万人ほどの人口、小国である。この国の選挙はすべてネットで行われる。E-Government(電子政府)への取り組みが進んでおり、財務諸表や税金計算が政府のシステムで自動的に作成され、計算されるため会計士もいない。小さい国なので、無駄なことはできない。よって徹底的に効率化を進めている。
今回も中国地方でも当然選挙は行われ、費用は国から出たかもしれないが、それをすべてネットで行ったらどうだろうか。選挙運動の有り方も変わるだろう。何よりも投票率に影響が出るのではないか。特定のエリアでアイデアを募集して自治体に提案する。まずは小さいエリアで実験することだ。そして他に自治体へ展開していく。
選挙をネットで行うこと自体は主要なビジョンではない。無駄を省くことで住民税が安くなり、ネット選挙のためにITインフラが整備され、そこに可能性を感じる人たちが集まり、人口が増えることが目標である。どのような選挙システムが良いのかについては地域密着で取材し、必要なデバイスを企業の協力で提供する。選挙システムなどは社会的な領域に属するものであり、オープン・イノベーションがもっとも活きるテーマではないだろうか。

【アイデア②】専門家シェアサイト
あるエリアの企業を組織化する。病院、学校、商店、工場などなどだ。どの組織にもウェブサイトをはじめ、顧客管理のシステムや会計システムなどITインフラが必要であるが、小さい会社ではメーリングリストを作れる人すらいないかもしれない。また、事業によって繁閑があり、この月は週に3回支援に来てほしいが、普段は週に1日の支援でいい、というニーズもあるだろう。
特にウェブサイトの英語化は必須かもしれない。国内で座して死を待つか、顧客を海外にまで広げるか(必ずしも海外へ進出する必要はない)、その選択は企業に委ねられているが、後者の術すべがなければ必然として前者を選ばざるを得ないことになる。
1社では専門家を雇用する、あるいは高額なコンサルティングサービスを利用することは困難であったとしても、複数社でなら契約をすることができるかもしれない。ホテルの宿泊予約サイトのように、エントリーサイトをつくり、必要な時に専門家を呼ぶ。一つの専門家シェアサービスがプラットフォームとなって、エリア内の多様な企業(組織)の問題解決に取り組む。すると他の組織もエントリーをするようになる。地方を再生していくには、世界で勝負できる知とソリューションの場を提供することが欠かせないのである。
そうした場(サイト)を作ることで、今までは顧客でなかった企業や組織を顧客にすることができるのではないか。しかし、それは第1ステップにすぎない。
将来的なビジョンとして目指すのはエリア内の非顧客を新規に取り込むことではなく、そうしたサイトに対して海外からの相談や引き合いが訪れることだ。引き受けてみたいが自社だけではできない、そんな案件もエリア内の企業群とのネットワークを活用して受けることができるかもしれない。つまり地方の企業グループのマーケティング力を高めることが狙いだ。1社ではバリューチェーンを構成することができないとしても、企業グループとしてであれば可能性は出てくる。既知のテーマだけを扱うのではなく、新規のテーマを扱うおうとする気概ある場を作ることだ。
まったくの余談であるが、筆者は都内のある区に住んでいる。地域に中小企業活性化を支援する会館や組織があるのだが、顔を出してみても融資目当て以外の顧客はほとんどいない。時々、展示会など行っているようだが、事業創造に繋がることや組織の問題解決にはあまり寄与していないように思える。

【アイデア③】アグリ・システム
地方といっても農産物の特産品は様々である。よく、日本の農業は競争力がないと聞く。ならば競争力を高めればよい。農業にとって最大のリスク要因は気候だ。これをセンサーなどによって管理をし、安定的に供給できるシステムと機器を開発する。
それによって経験と勘に左右され属人的であったものが標準化され、短期での技術伝承が可能となる。安定供給による計画性と標準化は雇用の幅を広げることになる。また、海外への農作物の輸出にも繋がるはずだ。
農業は大規模化と遺伝子組み換えの方向へ進んでいるように思えるが、アグリ・システムは日本ならではの小規模農業に適したものではないだろうか。クラウドを使えばシステムも安価になり、多地点での農耕と管理が可能となる。
このようなビジネスモデルは未だ確立には至っていないように思う。
ではそうした専門会社を作るのかといえば、そんな必要はない。IT、測定機器、農業などの専門家が集まるプラットフォームを作ることで十分だ。大学に拠点を置いてもよいし、民間の企業、例えばテクノプロ・グループの企業が持つオフィスに置いてもよい。プラットフォームは、研究会やコンソーシアムといった形態でスタートする。徐々にアグリ・システムに適した農作物など多様な情報が集まってくる。そして既存の類似システムや機器の情報、事例も集まるようになる。すると、「うちの農作物も類似しているので同じ仕組みでシステム化できるかもしれない」といった話が出てくるようになる。人材はいる。アイデアもある。後は資金である。可能性の高いアイデアには資金が集まる。金融機関だけに相談する必要はなく、クラウド・ファウンディングを活用することも可能だ。しかし、単にシステム化、工業化をしても、それは生産性が高まっただけでイノベーションとはいえない。アグリ・システムの販売も含め加工、流通、廃棄物再利用など、1次産業である農業を2次、3次~6次産業へ高めていくことである。
そこでビジョンとして描くのは、アグリ・システムを研究し開発する拠点と人材を創ることだ。
陳腐ではあるが、3つのアイデアを出してみた。オープン・イノベーションによって狙うべきは、既存のビジネスの延長線上にあるものではなく、新たなテーマ(商品やサービス)の開発である。そのためには多様な知が自律的に集まるビジョナリ―なテーマが存在することが前提であり、内部経営資源と外部経営資源をぶつけていくダイナミック・ケイパビリティ(能力)を生み出す場を作ることが求められる。

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