渋谷和宏の経済ニュース

第12回渋谷和宏の嫌でもわかる経済ニュース

スーパーや専門店がネット通販に反撃

リアル店舗で「売らない売り場」が広がるわけ

hands of a young woman using mobile phone in modern shopping mall.

大手小売業の店頭でこれまでの常識を覆す「売らない売り場」が次々に誕生している。
イオンは陳列用の見本だけを並べ、来店客にはスマホやパソコンを使って電子商取引(EC)サイトで注文してもらう売り場を全国50カに開設する計画を打ち出した。
青山商事も店内のタッチパネルでスーツをネット注文できる小型店を出店した。
ネット通販の成長を取り込もうというリアル店舗の試みは今後、経済、社会、そして私たちの仕事にどんな影響を与えるだろうか。スーパーや専門店など大手の小売業の最前線で、これまでの常識を覆す売り場が次々に誕生している。「売らない売り場」だ。
そこに並んでいる商品はいわば見本で、陳列用以外には商品の在庫を置かず、来店客には気に入った商品をスマホや自宅のパソコンで注文してもらう。売り場をショールームにして、販売は主にインターネットで行うのだ。
その狙いはどこにあるのか。まずは最前線の動きを見てみよう。

イオンは今年度中に50カ所を開設

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イオンは全国のショッピングセンターや総合スーパーに「売らない売り場」を開設する計画を打ち出しており、今年度中に約50カ所を目標に掲げている。
売り場には職人が手掛けたガラス細工やデザイン性の高い家具、地域の名産品など付加価値の高い商品を中心に並べるが、これらはあくまで陳列用の見本だ。店頭には在庫を置かず、来店した客が「これいいな」と思ったら、スマホや自宅のパソコンで専用の電子商取引(EC)で注文してもらう。
実物の商品だから来店客はその手触りを確かめられるし、微妙な風合いを確認できる。
ECサイトでは伝わりにくい情報を「売らない売り場」で発信することで顧客開拓につなげようというのだ。
さらに商品の特徴や歴史的な背景を紹介するパネルも売り場に展示して、来店客の買いたい気持ちを刺激する。店員もまた「売らない売り場」では接客に集中し、付加価値の高い商品の販売につなげてもらう。売り場の広さは店舗ごとに異なるが、数十平方メートル程度が中心となり、売り場に並べる商品も店舗ごとに変えていくという。
すでに昨年、千葉市の一部の店舗で産地直送品など90品目を並べた「売らない売り場」を開設してノウハウを吸収しており、今後は三越伊勢丹ホールディングスや日本郵政との提携も検討するという。さらに全国各地の生産者や販売者に出店を募り、順次品ぞろえを拡充させていく方針だ。

青山商事も店舗をショールーム化

青山商事も自社店舗のショールーム化に乗り出し、昨年秋、店内の大型タッチパネルでスーツをネット注文できる小型店を東京・秋葉原に出店した。
売り場の広さは通常の店舗の4分の1の約170平方メートル、スーツの品ぞろえも約600着と通常の3分の1ほどだが、ネット通販と組み合わせて売り場や品ぞろえの制約を補おうという戦略だ。
店内には3カ所に大型のタッチパネルが設置されており、顧客はタッチパネルを自ら操作してブランド名や伸縮性などの機能、サイズなどを指定し、好みのスーツを選ぶ。選んだスーツは実物大で表示され、画像を見ながら色柄やデザインを変更できる。
「デジタル・ラボ」と名付けた新店舗の強みは、ECサイトでのネット通販とは違い、店舗にある商品を試着したり、店員に採寸してもらったりできることだ。店頭に並ぶ実際のスーツで素材に触れたりサイズを確認したりすれば、ネット通販だけではわかりづらい着用感を味わえる。もちろん店頭に無いスーツはその場でネットを使って注文でき、自宅で受け取れる。青山商事によれば郊外型の大規模なスーツ専門店の立地は限られてきているという。今後は「デジタル・ラボ」での販売状況を踏まえて、ネット販売と融合させた小型店の駅前への出店を加速する考えだ。

自社店舗のショールーム化は東京都内だけではない。女性衣料専門店「axes femme(アクシーズファム)」を全国に約140店展開するIGA(アイジーエー)は本社のある福井県越前市に昨年10月、「売らない売り場」を開き、新商品の説明やコーディネートを提案するコンシェルジュを常駐させた。
新作のコートやスカートなどの商品を毎月300から400点展示し、試着もできる。来店客は気に入った洋服を見つけたら、店内のタブレットを使いECサイトで購入する仕組みだ。

小売り悩ますショールーミングを逆手に

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「売らない売り場」「店舗のショールーム化」は、小売店を悩ませている、来店客のショールーミング(showrooming)と呼ばれる消費行動を逆手に取った動きだと言ってもいい。
ショールーミングとは、スーパーや百貨店などのリアルな店舗(実店舗)で商品を確認し、ネット通販で、店頭より安い価格で購入する買物行動だ。アメリカで数年前から広がり始め、今では日本でもごく当たり前になった。
日本通信販売協会(JADMA)の調査によれば、ネット通販で家電製品を買った人の6割強がショールーミングの経験者だった。とりわけ20~40代では7割を超えている。
消費者からすれば店頭で確かめ、ネット通販で安く買うのは合理的な行動だが、小売店にしてみれば売り上げが減少するだけでなく、買うつもりのない人たちによって陳列している商品が傷つけられ、売り物にならなくなってしまうリスクもある。 アメリカの家電量販店ベストバイが2013年7月期の通期決算で赤字に転落してしまった理由は、パソコンの販売不振や液晶テレビの価格下落に加え、ショールーミングによる売り上げの減少だったと指摘されている。またイギリスの老舗カメラ量販店ジェソップスが2012年に倒産に追い込まれたのもショールーミングが原因だったと言われている。
そのショールーミングを小売り各社が率先して導入する狙いはどこにあるのだろうか。

急成長するネット通販、物流がボトルネックに

答えは「低迷する日本の個人消費と、唯一右肩上がりの成長を続けるネット通販」の対比にある。総務省が今年3月2日に発表した家計調査によると、1月の全世帯の消費支出は物価の影響を除いた実質でマイナス1.2%と、11カ月連続で減少した。日本チェーンストア協会が2月21日に発表した1月の全国スーパー売上高は、既存店ベースでは前年同月比1.6%の減少で2カ月連続のマイナス、日本百貨店協会が同日発表した1月の全国百貨店 売上高も同1.2%の減少で11カ月連続のマイナスだった。
そんな逆風の下で、唯一ネット通販だけは右肩上がりの成長を続けている。

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アマゾンジャパンが昨年11月、注文から1時間以内に商品を届ける有料会員向け配送サービス「プライム ナウ」の対象地域を、これまでの横浜市の一部などから東京都23区全域に広げたり、楽天がレストラン100店舗のメニューや日用品を最短20分・平均1時間で届けるサービス「楽びん!」を都内4区(渋谷区・目黒区・港区・世田谷区)で始めたりするなど、大手がサービスを拡充するのに伴って利用者は急増している。
野村総合研究所の調査によれば2014年度に12兆8000億円だったネット通販の市場規模は2020年度には25兆1000億円と倍近くに拡大する見通しだ。
スーパーや百貨店の苦戦とネット通販の躍進─小売り各社はこの現実を受け入れ、売り場をショールームにしてでもネット通販の成長を取り込もうと動き出したのだ。恐らくは今後、小売りが自らの売り場をショールームに変えていく試みは百貨店やスーパー、専門店など数多くの企業に広がっていくに違いない。
では、これまでの常識を覆すような新たな売り場づくりは私たちの仕事にどんな影響を与えるのだろうか。
小売店の店頭では、これまでよりもさらに高精細でリアルに商品在庫を表示する大型タッチパネルのニーズが高まるだろう。ファッションや雑貨の分野では来店客がそれらを身に着けたヴァーチャル映像を表示する機能がより強く求められるようになるに違いない。
一方で店頭のショールーム化が進めば、これまでネット通販をあまり利用しなかったシニア層などがECサイトにアクセスする機会は増えるはずだ。より分かりやすく利用しやすいユーザーインタフェースが、ECサイトにはますます強く求められるようになるだろう。
さらにドローンや自動運転による荷物の配送技術の実現も切実かつ緊急の課題になるに違いない。
周知のようにネット通販の成長で宅配便の配送量は年々膨らみ続けており、国土交通省によれば2016年は38億6900万個と10年前に比べて約3割増えたという。配送量の増大に対応できず、ヤマト運輸が配達時間帯を見直したり、27年ぶりに基本料金を引き上げたりする方針を打ち出したのは記憶に新しい。
増え続ける物流をさばくための技術に強いエンジニアは今よりもさらに引く手あまたになるはずだ。

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